東日本大震災から10年を考えるーその2ー

大震災を経験する前、私を含め多くの皆さんも明日が来ることを当たり前だと思っていたはずです。しかし、大震災により目の前で多くの人たちが亡くなる現実を体験した今、明日は来ないかもしれない思う考え方が日常生活の中に入ってきた。                                  また、大震災では生きたくても生きれなかった人たちが大勢います。そうした事実があったということは、人の生死は人の意志とは別の、人知を超える力の作用が働いていると考えることができます。つまり、「生きるということは生かされているのだ」と捉えることが出来ます。                              そして、「生かされている」ことは誰か、また何かとの関係で成り立つことであり、それらとつながっていることです。誰かとつながることで生かされていると実感されるのではないだろうか。                        人は1人では生きていけません。人と人、人と自然界のあらゆるものと何らかの関わりを持たせられています。従って、自分の思い通りにいかないことだらけです。それを解決するため努力することは大事ですが思い通り行かないからと言って「こんな人生最低だ」と嘆くのは間違っています。また、そう思うべきではないのです。私たちは自分の人生をなぜと問うべきではなく、何時も人生から問われていると考え、出来ることに最善を尽くさなければならない。       何故なら、世の中の全ての結果には原因があるからです。自分のやってきたこと、自分のやっていることが結果として自分の人生に現れているいるからです。                            ですから、人生に問われているといえるのです。                 たちの生きている社会は日々変化しています。その流れに逆らい背を向けようが、流されようが個人の意向はいちいち問われないのです。大震災から10年、振り返ればその混乱する渦中に飛び込み考えながら、時には考えとは逆の行動をして来た。変化の中で生きるには気力も体力も必要とされます。そして何よりもすべての生きものは助け合ってこそ生きられるという世界観を持つことが大切になると考えます。そして初めて皆の社会の中で生きている、皆んなと生活を共有出来ていると思えるのではないでしょうか。