「風の電話」本になる

著書 「風の電話」 大震災から6年、風の電話を通して見えること。

「風の電話」は何故つくられ 何を見聞きし 何を考え そして何処へつながっていくのか。

「風の電話」は、今日まで多くのメディアに取り上げられ紹介されてきましたが、いづれの記述、映像も一部の側面の紹介に終わっているという思いがありました。その為、報道内容にはいつも「違うんだよなー」という不満をを感じていた。また、誤った認識のまま「風の電話」を訪ねたり、オファーを出してくるメディア関係者も多くあった。このままではいけないと執筆を始めて1年、ようやく出版することができました。

電話線が何処にもつながっていない風の電話に、6年間で25,000人もの人達はそこで何をしていたのでしょうか・・・・・皆さん電話をかけているのです。遺族と亡くなった人の思いをつなぐ「風の電話」のなりたちから現在までの活動をありのまま伝えなければという思いで執筆しました。

本書 推薦者の矢永先生(慶應義塾大学 臨床心理士)は、「長年大切な人を亡くした遺族の気持ちに携わる心理職の仕事をしてきたが、『風の電話』に立った時、言いようのない深い感動が心の底から湧き上がってくるのを感じていた」と証言しています。

それらの感動は何処から来るものなのか、何故「風の電話」で癒されたと感じるのか、それが何故グリーフワークを抜け出すことにつながるのか本書は1つの答えを示唆してくれると思います。何故「風の電話」なのかと疑問をお持ちの方、是非いちど手に取って読んで頂きたいと思います。

大槌の一頁堂さんでは既に販売していますが、全国の本屋さんでの販売はお盆明け、8月24日ごろになります。

会田ファミリーコンサート Musicサロン in ベルガ―ディア鯨山

ガーデンと風と音楽を感じるMusicサロンを開催します。当日は、会田省三さん、新日本フィル、ホルン。会田桂子さん、武蔵野音楽大器楽科卒ヴァイオリン。会田絵里佳さん、国立音大卒、ウィーン在住、ピアノ。の音楽一家によるサロン的なコンサートになると思います。

日  時:2017年7月23日(日)AM10:30~12:00

場  所:大槌町浪板 ベルガ―ディア鯨山 「森の図書館」

入場無料、コンサート終了後、お茶とケーキでくつろぎのオシャベリとガーデン散策を楽しみましょう。

石と賢治のミュージアム見学と現地賢治の会との交流連携を終えて

写真中央鈴木東蔵工場長と宮沢賢治と砕石工場に働く人たち

       東山町にある宮沢賢治詩碑「まづもろともに」

梅雨入りしてから雨が降らず、ガーデン作業がはかどりツアー報告が遅れていましたが、ようやく雨の日になりPCに向かうことが出来ました。

梅雨の時期で、東山町へのツアーは天候が心配されたが好天に恵まれ、楽しい1日を過ごすことが出来た。

東山町の東北砕石工場と言いますと、賢治が昭和6年春から技師として働き始めたこと 、火山性特有の酸性土壌の改良に石灰を利用して農産物の収穫を図りたいという強い意思が働いた。その激務の為その年の秋に出張先の東京で倒れ、その後花巻で病床に伏すことになった。その年の11月に手帳に記されたのが「雨ニモマケズ」だった。

昨年からの各市町村宮沢賢治関係者、団体と交流連携する中で地元の者でなければ分からない情報を掘り起こし、その企画を基に賢治フアンを交流人口拡大につなげたいとする我々大槌宮沢賢治研究会の想う成果が今回の交流でもあつたのではないだろうか?

まず写真上の採石場の人達の人形だが14人の人形体があるが、1人は全く関係ない人物がいるのだそうです。人形を作る時に自転車で魚の行商に来ていた男が(右から2人目)紛れ込み砕石工場作業者として陳列されている。

鈴木東蔵工場長の長男、鈴木実さんが陸前高田高校校長の時、谷川徹三氏が揮毫された「まづもろともに~」を碑銘板にしていること、今年、東山町の詩碑が建立70周年を迎え、徹三さんの息子の谷川俊太郎さんと孫の谷川賢作さんを迎えて「賢治とともに詩と音楽の世界へ」を記念事業として次の世代のこどもたちに伝えている。

昭和23年12月10日詩碑は建立されている、碑文の揮毫は谷川徹三氏であるが当初、長坂村青年団団長だった鈴木実氏は高村光太郎氏に詩文と揮毫をお願いしに行ったところ筋を通せと大喝され、宮沢清六氏に相談に行き谷川徹三氏を紹介されたということです。その後の徹三氏の揮毫ができるまでに1年程要したこと、出来てきた揮毫には宮沢賢治の名前も谷川徹三氏の書名もなく後日、「宮沢賢治記念のために 谷川徹三 書」と刻まれたこと等。

詩碑建立の為に当時の長坂中学校の生徒たちが砂鉄川から砂利を運び上げた話や土台石を青年団が竿につるして担ぎ上げた様子等知見を得ることが出来た。

それにつけても平成27年9月23日の普代村の「宮沢賢治詩碑祝いの集い」東村山町の「宮沢賢治まづもろともに建立70年記念事業」が町村民一体となつた活動として実行できていることに強い羨望を感じる。町としても予算化し応援したいのでと要望書を出させておいて、「そんなことは言っていない」と白を切る態度の行政とは差がありすぎる、どんな町の復興になるのか思いやられる。

マイクロバスを貸してくれた南部屋産業の小笠原社長、長時間の運転を務めた山崎会員、東山現地で交流してくれた藤野前ミュージアム館長、東山賢治の会の佐藤会長さん方に改めてお礼申し上げます、今後ともどうぞよろしくお願いします。

「心」の著者 姜尚中さん「風の電話」を訪ねる

姜尚中さんの著書「心」とサインして頂いた「森の図書館」の本

「風の電話」ボックスから出る姜尚中さん

「風の電話」前で記念撮影

テレビで見る印象とは違い気さくに話かけられるので、私も著名人という感じでなく、ついおしゃべりをしてしまいました。

私に合い彼曰く、「自分を見ているようだ」 痩せてスマートなところがそのように感じられたのだろう、いくら食べても太らない体質なのだそうです。

今度は奥さんと一緒に来ると言って帰られました。次作に何かヒントを得られたでしょうか、期待しています。

コムクドリの営巣をキャッチ

1週間ほど前からベルガ―ディア鯨山のブナの木にかけた巣箱からひな鳥の鳴く声と、親鳥が餌を運ぶ姿とギイギイと警戒する鳴き声が夜明けとともに庭じゅう響いていた。

これまで、ヤマガラ、シジュウカラ、メジロ、コゲラ等営巣し巣立っていったが今年は、ヤマガラとこの見たことのない鳥が子育てをしている。今日デジカメに三脚を取り付け早朝の時期を狙い写真撮影をした。

写真を見ると見たことのない鳥が写っており早速鳥類図鑑を調べてみるとコムクドリといいムクドリよりも小さい鳥だった。東北では4月中旬ごろ渡来し、9~10月頃に渡る夏鳥だった。巣箱の穴径は25ミリだったがアカゲラが40ミリほどに大きくしたものを利用しての営巣である。顔つきのわりにちゃっかりしている。あと何日もしないうちに巣立つだろうが多くの楽しみをありがとう。