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1925年(大正14年)1月5日、雪の花巻を東北本線最終列車に乗った宮沢賢治は八戸駅で八戸線に乗り換え種市へ、・・・・4泊5日のイーハトーブ三陸海岸の旅が始まった。この旅で花巻出発前に詠んだ「異土への出発」をはじめ「暁穹への嫉妬」「発動機船Ⅰ、Ⅱ,Ⅲ」「旅程幻想」「峠」の七編の詩を詠んでいます。

私の住んでいる大槌町と関係ある詩は、薔薇輝石を詠んだ「暁穹への嫉妬」と大槌川原で詠んだ「旅程幻想」の二つがあります。

東日本大震災後、被災地に生き残った我々は無念のうちに亡くなった方々や、これから生まれてくる子供たちに「どう生きなければならないか示す責任がある」と考え、宮沢賢治の「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はありえない」の基、「利他の精神」を道標としてまた、それらの活動を可視化するとして二つの詩碑建立を計画しました。

2016年「暁穹への嫉妬」を、日の出を望む浪板海岸花ホテルはまぎく駐車場わきに建立した。二基目となる「旅程幻想」の詩碑は、新しくなる大槌駅舎わきに建立することになりました。

将来的にはこれらの詩を結ぶ、テーマ性のある新しい周遊ルートを開発。我々のガイドで全国の賢治フアンを、謎の多いイーハトーブ三陸海岸旅行を追体験する企画の提案を行い、被災地の交流人口の拡大につなげ文学による心の復興を図っていきたいと考えています。詳細は下記のURLをご覧ください。

https://readyfor.jp/projects/kenji-shihi

冬ごもり準備

霜が降りる前にと白菜,キャベツ、大根の収穫をしました。冬の寒さのせいもありますが、もう一つの大敵 鹿が防護ネットを押し、これらの野菜を畑の端の方から食べ始めたからなのです。我が家の冬季間の備蓄食料を食べられてはかなわんと収穫したわけです、

ガーデン内の畑は春のジャガイモ、キャベツ、大根、ネギに始まり夏野菜のキュウリ、トマト、ナス、ピーマン、レタス、夕顔、カボチャ、スイカ、枝豆、きぬさや、いんげん、バジル、シソ、春菊等々それにベリー類を入れると年間40種類ぐらい生産していることになります。従って、我が家の食糧自給率は20~25%ぐらいになります。そのため冬はジャガイモ料理やダイコン、ハクサイ料理が多くなります。それに今年からはキッキの森で取れたクルミの実を毎日、毎食後食べるようにしています。そして、最近はクルミをリスのようにきれいに簡単に割れる冶具を考案中です。このクルミを暖炉の前で火にあたりながらほじくり食べる。ここ白石遺跡で4500年前縄文人が暮らしていた生活に少し近づいているかなと思っています。

何のことはない、ベルガ―ディア鯨山で「地図にない田舎づくり」をしていますが、生活そのものが私の考える田舎暮らしになってきているのです。(誤解のないように、今の田舎は非常に文化的な生活をしていることをお断りしておきます)薪を暖炉で焚き、裸火を見ながら身も心も暖まるこの生活が後何年出来るだろうか。縄文人も見たであろう日の出を後どれぐらい眺められるのだろうか。目の前には高速道路が通り、後ろには防集団地ができ、地下水が枯渇し新たに24メートルもボーリングしなければ地下水が飲めない現実。自然環境も大分変ってきた。そんな中、ベルガ―ディア鯨山の「地図にない田舎」はこの冬も自分流の豊さを十分に楽しんでいこうと思っています。

今年もイクラづくり

12月4日、所用があって宮古に行きました。帰りに魚菜市場に寄ってみると、年末らしく新巻き、生イクラ、アワビ、ホタテ等が各店ごとに並んでいます。

生イクラは昨年よりも安くキログラム当たり6800円、昨年は10000円位したと思う。メス鮭が1尾6000円程で売っていたので手間はかかるがお得だと思い、自分で「しょうゆイクラ」を作ると買ってきた。家に帰るなり「さぁーつくるぞー」と包丁片手に鮭の腹を割ると、膜に包まった生子が二腹、二つで1000キログラム程あり、思った通りと笑いが自然と出てきました。生子を膜から外すべくラケットでしごきバラバラにして、人肌の温度の塩水で3回洗い水切りをしました。

次に清酒を熱し、火を付けアルコール分を飛ばし、それに醤油を60度ほどに温めたものを混ぜ漬け込み液を作り、覚ました漬け込み液を容器に入れた生イクラにかけ一晩取り置きすると出来上がり。美味しいイクラご飯が食べられます。(このレシピ―は日本料理店より教わる)

どうですか、食べたいと思うでしょう。まだありますよ。何でも自分で作って食べるものは美味しいものです。

 

大阪府河内長野へ行く

 

 

11月23日朝5時起床、家を6時半に出て車で花巻空港に向かう。遠野あたりから雪がちらつき始め、針葉樹の緑に白く雪が付き一足早くクリスマスがきたような雰囲気です。花巻空港に着いた時にはあたり一面真っ白でした。今日の日を予想して21日にタイヤ交換して正解でした。

今日は大阪河内長野で第4回「ひょうたん島文化祭in河内長野」に招かれ「風の電話」から宮沢賢治へと題して2時間の講演会です。14時からの開演ですので間に合わせるために朝早く出て、9:10のJALで伊丹空港に向かうためでした。

大槌と河内長野は文化祭を通じて交流をし、東日本大震災の被災地としての大槌町の今を知ってもらうことを主体とし、子どもたちおよび河内長野市民の作品も共にそれぞれの文化祭で展示文化芸術交流としてお互いを深く理解しょうとしています。

被災地は今明るい未来像を求めています。明るい未来は夢を見ることから始まります。将来のあるべき姿を思い描くためには原動力となるものが必要です。音楽を始めとする芸術・文化にはその力があります。大槌と河内長野のこうした交流活動は将来につながります。子供たちを育てることで未来を託すことが出来ます。

今回の講演会・親睦会には、河内長野市市長、副市長を始め県議、市議それに武庫川女子大の河内鏡太郎教授、第27代に本さくらの女王辰巳由紀さんにもご来場いただき一段と華やかさが加わりました。ありがとうございました。

河内長野は自然がいっぱいで大槌に似ています。海はありませんが人々の優しさがあります。この会を主催する「大槌町を支援する河内長野市民の会」の皆さんは主に、河内長野ロータリーの方々でありそれぞれが役割分担をしっかりと遂行する、まとまりある素晴らしい集団だと感じました。ありがとうございました。これからもよろしくご指導をお願い致します。

こうして忙しかった8月から11月一杯のスケジュールをなんとか無事に過ごすことが出来ました。しかし、「風の電話」をめぐる動きはまだまだ続きそうです。人間忙しさが過ぎるのも、余裕がなくなるのも自分本来の姿を見失い、他人に対して寛容さを失います。気をつけねばなりませんネ。

 

 

2冊目の著書「風の電話」とグリーフケア出版

10月31日2冊目の著書となる「風の電話」とグリーフケア。こころに寄り添うケアについてのタイトルで出版されました。慶應義塾大学医学部感染制御センターの矢永先生との編著になります。

1作目「風の電話」は、なぜ創られたのか、それを通してなにを見、なにを考え、なにをやろうとしているのかという内容になっています。そして、2作目となる著書は、風の電話を訪れた人々のメッセージを丁寧に拾い上げ、悲嘆のプロセスとグリーフケアについて多面的に検討しています。災害支援、遺族や看取りのケアに携わる援助者に必見の書となっています。

本文には米国の精神科医Van Dyke先生の「風の電話」はセラピストのいない、グリーフを抱えた方が自ら行うセラピーなのだと言う解説。また、ハーバード大学のIan jared Miller教授のなぜハーバード大学で「風の電話」を授業で取り入れているのか等々独自の見解が語られています。

全国の書店又はAmazonにて発売中です。