風が緑の空間に暮らす

今年は、桜の開花が例年に比べ1週間ほど早かった。

桜が終わり、風薫る新緑の季節を迎えました。私にとって1番好きな季節といえます。                                  今年は、大震災から10年と言うこともあり1月頃から取材対応に追われ忙しい日々が続きました。が、3.11が過ぎたとたんあの騒がしさは何処に行ったのか、何だったのかと思うほど静かになったと感じています。世の中も季節と同じように変化しており、その時々に興味の対象が変わるのは当然であり、震災の被害者であっても悲しみの中にとどまっている訳にはいかないのだと思っています。今の生活の中にこそささやかでも喜びを見つけ、それを楽しまなければならない。              コロナ禍の影響で自粛生活を余儀なくされていますが、そんな中でも自分の意識の持ち方次第で楽しくも、退屈にもなります。大きな自然のリズムに身をゆだねゆったりと、のんびりとこのゴールデンウイークを過ごしてみませんか。

 

心の傷は誰が治療するのか

 

 

人間の持つ五感に見る、聞く、触る、食べる、嗅ぐ等は肉体上の認知器官を使って認識している。しかし、何時か何かの時に嗅いだ匂いとか味を思い出したり、既に亡くなりそこにはいない人の声や姿を感じたりする認識はどこでするのだろうか。

これは、肉体の認知器官で行う行為ではなく、心で感じるという行為になる。だからその場で味わったり匂いを嗅いだりは出来ない「心の対象」ということになる。

従って、心も認知器官だと考えることが出来る。人が癒しの感覚を得るためには、五感のほかにこの「感じる」という感覚が最も重要になってくる。

「風の電話」では他の認知器官と異なり特別な癒しを受け止めることができるという背景には、この「感じることが出来る」という点に注目しなければならない。「何も見えないけど電話の向こう側に相手がいるように感じる、何も聞こえないけど電話の向こう側に伝わっているよう感じる」このように心の癒しにとって最も重要な「感じる」という感覚は、人間の持つ感性と想像力で心がそう受け取っているということであり、何物にも代えられない心のメッセージなのだ。

それでは、ここで言う「心」私たちがよく口にする心というものは人の身体のどこにあってどんな形をしているのだろうか?

私たちは良く、「謂れ(いわれ)のない噂に心が傷ついた」とか、「信用していた者から裏切られ心が傷ついた」或いは、「大切な人を失い心が傷を負った」などと話すが、その「心」は外部からは見えないし、自分でもどこにあるのかもわからない。しかし、自分で心と言うものがあると自覚しているし、どんな人にも心は必ず存在しているものと思っている。

自分の身体の内部のどこかに存在するけれど自分でも良くわからない「心」

グリーフにより傷ついた自分のこの「心」を心理療法家と言われる外部の人間が治療するのだから難しさこの上ない。

何故なら、治療にあたる専門職の方々が立場の違う当事者を理解するため、当事者と周囲の人々との関係、価値観、生活状況や世界観等を訊ね、気持ちの分かち合いや信頼関係を築こうとするのだがなかなか出来ることではない。当事者が肝心なところで本心をさらけ出してくれるとは思えないからである。それが出来るぐらいならうつ病になるほど悩まないし苦しまないのではないだろうか。

以前、「風の電話」活動を始めて間もなく、あるお坊さんがお寺の境内に「風の電話」を設置したいので許可してくれないかと手紙で聞いてきたことがあった。理由を聞いてみると、坊さんに人生の悩み、苦しみの相談に人々が来るのだがなぜか肝心のところに来ると心を開かないのだと言い、だから「風の電話」「を置いて心の全てを話させるようにしたいのだということだった。その坊さんには、「私ごときがおこがましいのですがあなた自身が仏教でいうところの『徳』を積み、相談者が何でも話せるようになることが肝心ではないか、あなた自身が風の電話になることではないでしょうか」とお断りしたことがあった。

このように人の心の内奥を吐露させることは簡単ではないと言える。

心理学者の河合隼雄先生によれば、「心の傷を治すのは医者ではなく、当事者であって医者にできることは当事者が自分で治すのを見守り、助けることだけだ」と語っている。

つまり、「心の傷」を治すのはカウンセラーや医者ではなく当事者の「心」であって、カウンセラーにできることは、当事者が孤立しないよう寄り添い、安心して悲しみや苦しみの感情を出せる環境づくりをしつつ、当事者が自分で意識の向け換えが出来、再生するのを見守り続けることなのだ。

従って、心の傷の再生には、当事者が安心し自分の感情を思い切り吐き出す環境が必要なのだと考える。「吐き出せば呼吸と同じに吸わなければならない、吸って吐いての繰り返しが生きるということなのだ」と話す震災で連れ合いを亡くした友人の言葉を思い出す。

「風の電話」は、周囲から隔離され、秘密が守られ、言いたいことが言える自由が確保され、誰にも邪魔されず感情を思い切り発散させる機能を備え、自分で自分の心の傷を癒せるように、何時でも誰でも静かに待っている。

東日本大震災から10年を考えるーその2ー

大震災を経験する前、私を含め多くの皆さんも明日が来ることを当たり前だと思っていたはずです。しかし、大震災により目の前で多くの人たちが亡くなる現実を体験した今、明日は来ないかもしれない思う考え方が日常生活の中に入ってきた。                                  また、大震災では生きたくても生きれなかった人たちが大勢います。そうした事実があったということは、人の生死は人の意志とは別の、人知を超える力の作用が働いていると考えることができます。つまり、「生きるということは生かされているのだ」と捉えることが出来ます。                              そして、「生かされている」ことは誰か、また何かとの関係で成り立つことであり、それらとつながっていることです。誰かとつながることで生かされていると実感されるのではないだろうか。                        人は1人では生きていけません。人と人、人と自然界のあらゆるものと何らかの関わりを持たせられています。従って、自分の思い通りにいかないことだらけです。それを解決するため努力することは大事ですが思い通り行かないからと言って「こんな人生最低だ」と嘆くのは間違っています。また、そう思うべきではないのです。私たちは自分の人生をなぜと問うべきではなく、何時も人生から問われていると考え、出来ることに最善を尽くさなければならない。       何故なら、世の中の全ての結果には原因があるからです。自分のやってきたこと、自分のやっていることが結果として自分の人生に現れているいるからです。                            ですから、人生に問われているといえるのです。                 たちの生きている社会は日々変化しています。その流れに逆らい背を向けようが、流されようが個人の意向はいちいち問われないのです。大震災から10年、振り返ればその混乱する渦中に飛び込み考えながら、時には考えとは逆の行動をして来た。変化の中で生きるには気力も体力も必要とされます。そして何よりもすべての生きものは助け合ってこそ生きられるという世界観を持つことが大切になると考えます。そして初めて皆の社会の中で生きている、皆んなと生活を共有出来ていると思えるのではないでしょうか。

            

 

 

 

 

 

東日本大震災から10年を考える

東日本大震災から今年で10年がたち、時間的な経過として一つの節目を迎えたと捉えることが出来る。しかし、被災者はさまざまな問題を抱えており未だ苦しんでいる方も多い。特に、大切な人を失った悲しみは時間と共に癒えていくというものではなく、個々人の被災状況によってその受け止め方は大きく異なるだろう。

愛する家族を失ったその傷はいつもありありと存在している。その思い出に触れた時、回復した傷跡に触った時のような神経が傷つき、無感覚になっている感じとも違う。むしろ、むき出しになった神経が常に空気にさらされているような生々しさを伴いながら、何かで覆われるのを待っているような複雑な感覚に襲われている。その悲痛から回復するには長い時間がかるだろう。また、辛い期間を避けて通ることも出来ないだろう。メディア報道の騒ぎをよそに、被災地では普段の日々と変わらぬ静かに緩やかな、そういう10年なのだ。

つまり、「心の復興」に時間の区切りを押し付けることは出来ない。また、遺族は悲しみが簡単になくならなくても、焦らずゆっくりと時を待たなければならない。そして、悲しみを一人で抱え込まず周りの誰かと話す機会を持つことが大切になる。出来れば同じ境遇にある人達と話し合いの機会をつくることが、孤立させないためにも必要なことである。或いは、「風の電話」を訪れ、ボックス内の外部と遮断された空間で自分の想いを声に出して話すことや、思い切り感情を表出させることも心を解放させ癒しにつながるだろう。

「人には喪失後の世界に適応する力が備わっており、どれほどの辛いことがあったとしても最終的には生命力を再生する力を持っている」と心理療法家たちは言っているがどういうことなのか。具体的な説明は、見たことも聞いたこともない。

なぜなのか、10年を契機に考えてみた。仏教では、「諸行無常」という言葉があり、世の中のものは全て変わる」変化しないものはないとされています。と言うことは、人の命もいずれ死を迎える時がくる。つまり、人間というものは「人は死ぬ」ということを織り込み済みで人間はつくられている。そして、その悲しみを抱え絶望することもあるが、全ては創造主の理解の範囲内と考えなければ、愛する人たちの死に際しグリーフ(悲嘆)を抱えたとしても、最終的に生命力を再生できるという解釈ができないのである。

大丈夫!悲しみも、苦しみもいつまでも続かない。全てのものは変わる。楽しいことも必ず起きる。人間はそのように創られているのだから。

ローマ教皇と宮沢賢治の教えてくれるもの

今朝、今シーズン初めて雪が降りました。と言うより夜半のことであり寝ている間に降り、朝目覚めたら7,8㎝積もっていたのです。今の時期としては珍しい積雪です。今日は、雪にちなんで綺麗な話をと思います。

ローマ教皇フランシスコは、東日本大震災の1カ月後、ワシントン大聖堂で世界の宗教の代表者を集め、犠牲者の追悼と復興を祈念するミサを行い最後に宮沢賢治の「雨にも負けず」を朗読しました。

そのローマ教皇が昨年11月25日東京カテドラル聖マリア大聖堂にて、世界中で社会問題化している孤独、つまり「心の貧困」についてマザー・テレサの「孤独と誰からも愛されていないという感覚は最も残酷な形の貧困である」という言葉を引用して次のような話をしています。私たちにとって最も大切なことは「何を持っているか」や「何を得ることが出来るか」ではなく、誰と人生を共有できるかということに気付くべきだと話す。 つまり、「何のため生きるか」ではなく「誰のために生きるか」にフォーカスすべきだと言っています。教皇が訴えたかったのは、「他者のために」「他者と共に支え、支え合って」生きることの大切さです。   

教皇のスピーチから思い起こされるのは岩手が生んだ天才宮沢賢治のことです。賢治の信条は「誰か他人のために」でした。賢治は、毎晩寝る前に母親イチさんから言い聞かされたという「母の教え」がありました。母イチが何度も賢治に繰り返した言葉は「人というものは人に何かしてあげるために生まれてきたのです」という言葉でした。この様にして賢治は「利他精神」に基づく独自の価値観を築き上げていった。「自己犠牲」や「利他精神」は、賢治の沢山の作品を貫く大きなテーマであると言えます。それは、幼いころからの賢治の生き方そのものであり、「人のため自分は何が出来るか」「本当の幸せとは何か」ということを生涯考え続けたのでした。

何のために生きるか・・・・。東日本大震災では、生きたくても生きれなかった人が大勢います。そう言う事実があるということは「人の生死」は自分の意思とは関係のない力が作用していると考えることが出来ます。つまり「生きる」ということは生かされていると捉えるべきで、そう気付かされる時「誰か人のために」という「心のよりどころ」を生み出す生き方が出来るのではないでしょうか

では「死ぬ」ことは自分の意志で出来ると言えるだろうか。いや違う!失職し経済的に困窮したり」「愛する人を失いグリーフを抱える」などの状況にある人が、「誰も自分の辛さを解ってくれない」「気持ちを汲んでくれる人がいない」と孤立する。その結果として、現実の社会に生きづらさを感じ自分の命を絶つという経緯を考えれば、まわりとの人間関係の希薄さが命を絶つことにつながっている。いわゆる、他人との関わり方が作用して死を選択していると捉えることが出来る。つまり、死ぬことも自分の意志でなく、他人の関わりに影響されていると言える。

「生きる」と「生きている」は全然違うことであり、生きることは他のものとの関係で成り立つことです。自分と誰か、また何か。 生きることは誰かとつながることであり、誰かの役に立つことです。誰かとつながることで、生かされていると言い換えることが出来ます。人は皆、生まれて今まで一人で生きてきたという人はいません、必ず誰かとの関わりの中で生きています。生かされています。この事実を決して忘れないようにしなければならないと考えます。