石と賢治のミュージアム 「ブドリとネリ」の会と交流、連携

去る10月9日、一関市石と賢治のミュージアムの「ブドリとネリの会」の皆さん21名が大槌宮沢賢治研究会との移動研修にやってきました。

研修の目的は3.11大震災で大被害と多数の被災犠牲者を出した大槌町で宮沢賢治に繋がる復興活動を展開している大槌宮沢賢治研究会の人々の話と「風の電話」や「森の図書館」新たに建立された賢治詩碑などの見学をし、また復興が進む町の現状、その現場を訪ねるというものでした。

10時30分の到着予定が1時間ほど遅れたため、私の講話「風の電話と宮沢賢治研究会活動」と宮村副会長の「心と体の復興を目指して」の講話は急ぎ足の内容で皆さんに十分内容が伝わったか心配しています。

「風の電話」、「森の図書館」見学を簡単にすまし、近くの民宿で豪華な昼食をいただきゆっくりくつろいだ後、宮沢賢治詩碑「暁穹への嫉妬」を見学、記念撮影の後大槌町内の復興状況を見学、ひょっこりひょうたん島のモデル蓬莱島を当会員の赤崎幾哉さんの名ガイドで楽しく案内して頂きました。

我々大槌宮沢賢治研究会は賢治の詩碑をめぐる新しい切り口の物語性のあるツアーを企画しています。今日まで数多くの研究者が賢治についてその研究成果を発表していますが、その地域、地元の人でなければ分からない逸話等々を掘り起こし、それらを地元の人に語ってもらう、その為の交流・連携を進めています。北三陸、南三陸そして内陸の一関と交流を進めてきました、次には遠野、花巻、石鳥谷等賢治の会は至る所にあります。我々もまだ出来たばかりの会ですが、数多くの会と交流させていただき見聞を広めていきたいと考えています。どうかよろしくご指導をお願いいたします。

大槌2基目の詩碑「旅程幻想」建立 動き始める

大槌宮沢賢治研究会は昨年9月に1基目の詩碑「暁穹への嫉妬」を建立、除幕式典をした。12月、大槌町に2基目となる詩碑「旅程幻想」のイメージ図を町役場に提出し駅前広場或いは駅前公園に設置させて欲しいと伝えていた。

又、機会あるごとに「どうなったか」進捗状況を確認していた。しかし、本年度は駅舎の検討で広場、公園に関しては来年度になると聞いていたのだが、10月4日に役場より突然に話を聞きたいと連絡があり、復興町づくり班の担当者と打ち合わせする機会を頂いた。予定地として駅舎の隣12m×15mの空き地を考えているという話だった。2日後現地を見て、大槌の玄関に当たる駅周辺でも申し分のない場所であることを確認することができた。

詩碑「旅程幻想」の脇には賢治さんが大好きだった銀どろの木を植える構想を持っており、5月に花巻市社会教育の活動一環としてシニア大学生32名がベルガ―ディア鯨山に研修に来た折銀どろの木を探している話をしていた。

町役場の担当者と現地確認をした翌日、花巻市のシニア大学の担当者から連絡があり銀どろの苗木3本を届けたのだった。何事をするにも相手があり此方の考えるようには物事は運ばないことは分かつているが、いったん動き始めると「えっ」ここまでスムーズに事が運ぶのかと驚いている。後は、詩碑建立の募金不足分50万円がこの調子で集まらないか調子の良いことを想像している次第である。

石と賢治のミュージアム見学と現地賢治の会との交流連携を終えて

写真中央鈴木東蔵工場長と宮沢賢治と砕石工場に働く人たち

       東山町にある宮沢賢治詩碑「まづもろともに」

梅雨入りしてから雨が降らず、ガーデン作業がはかどりツアー報告が遅れていましたが、ようやく雨の日になりPCに向かうことが出来ました。

梅雨の時期で、東山町へのツアーは天候が心配されたが好天に恵まれ、楽しい1日を過ごすことが出来た。

東山町の東北砕石工場と言いますと、賢治が昭和6年春から技師として働き始めたこと 、火山性特有の酸性土壌の改良に石灰を利用して農産物の収穫を図りたいという強い意思が働いた。その激務の為その年の秋に出張先の東京で倒れ、その後花巻で病床に伏すことになった。その年の11月に手帳に記されたのが「雨ニモマケズ」だった。

昨年からの各市町村宮沢賢治関係者、団体と交流連携する中で地元の者でなければ分からない情報を掘り起こし、その企画を基に賢治フアンを交流人口拡大につなげたいとする我々大槌宮沢賢治研究会の想う成果が今回の交流でもあつたのではないだろうか?

まず写真上の採石場の人達の人形だが14人の人形体があるが、1人は全く関係ない人物がいるのだそうです。人形を作る時に自転車で魚の行商に来ていた男が(右から2人目)紛れ込み砕石工場作業者として陳列されている。

鈴木東蔵工場長の長男、鈴木実さんが陸前高田高校校長の時、谷川徹三氏が揮毫された「まづもろともに~」を碑銘板にしていること、今年、東山町の詩碑が建立70周年を迎え、徹三さんの息子の谷川俊太郎さんと孫の谷川賢作さんを迎えて「賢治とともに詩と音楽の世界へ」を記念事業として次の世代のこどもたちに伝えている。

昭和23年12月10日詩碑は建立されている、碑文の揮毫は谷川徹三氏であるが当初、長坂村青年団団長だった鈴木実氏は高村光太郎氏に詩文と揮毫をお願いしに行ったところ筋を通せと大喝され、宮沢清六氏に相談に行き谷川徹三氏を紹介されたということです。その後の徹三氏の揮毫ができるまでに1年程要したこと、出来てきた揮毫には宮沢賢治の名前も谷川徹三氏の書名もなく後日、「宮沢賢治記念のために 谷川徹三 書」と刻まれたこと等。

詩碑建立の為に当時の長坂中学校の生徒たちが砂鉄川から砂利を運び上げた話や土台石を青年団が竿につるして担ぎ上げた様子等知見を得ることが出来た。

それにつけても平成27年9月23日の普代村の「宮沢賢治詩碑祝いの集い」東村山町の「宮沢賢治まづもろともに建立70年記念事業」が町村民一体となつた活動として実行できていることに強い羨望を感じる。町としても予算化し応援したいのでと要望書を出させておいて、「そんなことは言っていない」と白を切る態度の行政とは差がありすぎる、どんな町の復興になるのか思いやられる。

マイクロバスを貸してくれた南部屋産業の小笠原社長、長時間の運転を務めた山崎会員、東山現地で交流してくれた藤野前ミュージアム館長、東山賢治の会の佐藤会長さん方に改めてお礼申し上げます、今後ともどうぞよろしくお願いします。

石と賢治のミュウジアム見学及び現地賢治の会と交流会について

1、日  時:2017年 6月17日(土)

2、場  所;一関市石と賢治のミュウジアム

3、主  催;大槌宮沢賢治研究会

4、目  的:宮沢賢治に関する知見を広める。各地の賢治の会との交流連携。

5、費  用:ガソリン代、お土産代は人数割り

6、スケジュール

8:45(集合)マスト
9:00(出発)マスト
9:30(乗車・トイレ)道の駅 釜石仙人峠 ※中村さんピックアップ
9:40(出発)道の駅 仙人峠→住田→陸前高田→一関ルート
12:00(昼食)蔵元レストランせきのいち(世嬉の一酒造駐車場) ※昼食代(目 安1,500円)
12:50(出発)蔵元レストランせきのいち(世嬉の一酒造駐車場)
13:15(見学)石と賢治のミュージアム/東北砕石工場 ※入場料大人300円
14:30(出発)石と賢治のミュージアム/東北砕石工場
14:50(買物)道の駅かわさき 川の灯
15:10(出発)道の駅かわさき 川の灯
15:30(見学)宮沢賢治詩碑(東山支所駐車場) ※地域振興課金野氏了承済
15:45(出発)宮沢賢治詩碑(東山支所駐車場)→陸前高田→住田ルート
18:00(降車・トイレ)道の駅 釜石仙人峠 ※中村さん降車
18:05(出発)道の駅 釜石仙人峠
18:30(到着)マスト前

18;40(解散)マスト前

参加ご希望の方は6月15日までご連絡ください(0193-44-2544 佐々木)

 

詩碑「暁穹への嫉妬」除幕式典のようす

前日、台風16号の影響か時折雨が降っていたので心配したが、当日は曇り日であったが降雨はなく、式典が始まる時間帯には80名ほどの人が集まり除幕の瞬間を固唾を飲んで見守った。

除幕された詩碑は高さ190cm台座を入れると230cm、幅120cm、厚さ30cm程の安山岩の自然石に直彫りされた風格のあるものだ。台座付近には、賢治さんが海岸近くを歩いている時に暁穹を見た雰囲気を表すかのように、石がごろごろと転がっている。

浜垣誠司氏による詩「暁穹への嫉妬」の朗読と解説の後、地元子供たちの「星めぐり」をヴァイオリンとチェロの演奏があり、吉里吉里鹿子踊り保存会による鹿子踊りの奉納と続き60分にわたる式典を無事終えることが出来た。

第2部は元静岡新聞主筆原田誠治氏による講演「宮沢賢治に学ぼう」があり、今の政治家は賢治さんの生き方と逆の生き方をしている人が多いと、現役の小沢一郎さんをあげ同じ岩手県人としてどこでどう間違えたのか残念でならないと話す。私は、権力やお金をいくら持っても尊敬されることはない、普遍的価値の持つ知的財産をどれだけ残すかということに尽きると理解した。

第3部は除幕式を祝う祝賀会だ「雨ニモマケズ」の詩吟あり、コスミスのライブありと素晴らしい祝賀会だった。詩碑の建立は出来上がりで終りではなく、農業に例えれば種をまいた段階です。これをこれから育て花を咲かせ実を収穫できるようにしなければなりません。


賢治さんの精神をこれから生きる子供たちに震災と共に語り継ぎ、災害を乗り越えて地域の復興に寄与する計画を進めていかなければなりません、まだまだ全国の皆さんにご協力、ご指導を宜しくお願い致します。