肺がん切除手術からの生還

予定通り、2月16日に岩手医科大学附属病院に入院する。手術までの9日間、様々な検査と事前リハビリを経て手術に臨んだ。手術中は、硬膜外麻酔+全身麻酔のため何をされたのか一切分からないが、全身麻酔から覚めて気が付いたら身体中には8~9本のチューブ類が取り付けられ身動きが取れない状態だった。それでもまだしも手足が縛られていなかっただけでもマシな方で、中には自分でチューブ抜くのを防ぐためそいう人もいるのだと聞く。後で家族から聞いた話だが、切除した後の肺の切り口は「ホッチキスで留めたようだっけ、それもいっぱい」と話していた。自分の目で確かめたかったが、全身麻酔ではしかたなく残念でした。                           術後は順調で、集中治療室を基準の2泊3日で一般病棟へ移り、翌日(27)には一切のチューブが外され、28日には、医者から明日退院して良いですと告げられた。確かに痛くも痒くもなく「俺って鉄人だナ」と納得して退院してきました。しかし、翌日から傷口なのか肺なのか痛み出し、咳一つするにも苦しい思いをする始末で、処方されてきた薬を飲むも夜も眠れず、何もできない我慢の日を過ごしています。病院にいる時の快適さは何だったのか‥‥考えるに、腕から入れていた点滴が全てだったようです。嫌でも、当分だらだらした生活を送ることにになるようです。                           「風の電話」のグリーフケア活動では、各人には自己治癒力がありそれに気づき、信じて自分の人生を生ききることが大事だと話しますが、外科手術でもある程度の処置をしたら、自己免疫による自然治癒力で回復させるのだと思うが、それにはある程度の痛みと苦しみが伴うことが体験できている。グリーフの場合にも当事者にだけしか分からない悲しみの痛み、苦しみがあるのだろう・・・。そして、それを和らげられるのは、周囲の方々の優しさだけなのだろうと考えます。

風の電話を守る会」についてホームページで公開されています。皆様のお力添えを宜しくお願いいたします。

 

 

 

 

「風の電話を守る会」の設立提案について

長い間、サイトを留守にして申し訳ございませんでした。

昨年12月に胆道狭窄(胆管の詰まり)で6月に続いて2回目の入院・手術を行いました。その際の検査で、新たに肺がんが見つかり、今後の治療方法について医者と検討した結果、手術がベストと判断しました。2月16日入院、24日手術で左の肺を約半分を切除することになります。

この様な事情により今後の「風の電話」の維持管理・継続の危機に直面しております。今日まで15年間、体力に任せ個人で頑張ってきましたが、高齢化(81)と共に体力の衰えと言うよりも病気がちになり、「個人の活動」として今後の維持管理が難しくなってきました。今後、「風の電話と周囲の環境維持管理」を考えますと業者に外注化する必要を検討しなければなりません。そのために当初は簡単な「任意団体を設立」し皆様の支援をお願いし、近い将来NPO法人として公的支援を視野に活動を進めていきたいと考えています。

今、世界に600箇所を超える「風の電話が作られていますが「風の電話の発祥の地」としてなんとしても維持・継続できますよう皆様の協力をどうぞ宜しくお願いしたいと思います。

「風の電話を守る会」設立提案の詳細につきましては、現在検討を進めていますので後日ホームページにて公開いたします

P.S.
風の電話」は、東日本大震災の前に癌で亡くなった従兄と遺族が「絆」を保つという個人的な思いで作られたものですが、直後の大震災によって犠牲者の遺族や多くの人たちが故人に想いを伝える「場」となりました。また、グリーフと向き合う象徴的な存在として国内外を問わず、多様な人たちの心の支えとなっております。これは、大震災による「時代的な「癒し」の必要から」という歴史的な背景が強く影響していると考えられます。その意味では「風の電話」は単なる個人的な「慰霊の場」ではなくある時代の特に、災害を機に生まれた社会的なグリーフケアの象徴になったと言えます。

「風の電話」立ち上げから16年間の課程において、グリーフを抱えた方々が癒され、「喪失から再生へ」と意識の転換を図り新たな人生に向かうのを見届ける感動は特別であり、何物にも代えられない喜びですが、本来のコンセプトとは別の視点からの評価として、2017年に宮沢賢治の「利他精神」を実践しているとして宮沢賢治イーハトーブ奨励賞を受賞。2018年に岩手の文化発展に貢献したとして岩手日報社より第71回文化賞(社会部門)を受賞。2019年「風の電話とその環境」に対し、公的空間におけるアートの可能性を示すと共に社会課題に対する芸術の寄与としての公共アートの新しいモデルを提示し、「喪失と再生」・「対話と共感」をテーマとして、個人と社会の両面での癒しと希望を与える象徴的な存在であるとして、第4回インターナショナルパブリックアート賞を受賞いたしました。そうしたことも活動の励みとして「風の電話」活動及び周囲の環境維持整備に当たってきました。「癒し」に大切な要素として、人の認知器官として見る、聞く、食べる、嗅ぐ、触れるの五感に訴えることが大切です。そのための環境整備であり維持管理だと考えています。私は「風の電話とその環境」をアートと捉えて維持管理をしてきました。どうぞご理解をしていただきたいと思います。

喪失の悲しみの論理性

普段は合理的な論理で物事を考える人が愛する人を失うとか、或いは何らかの原因で喪失によるグリーフを抱えた場合、生命力が低下し、理詰めの論理より情緒で物事を捉え感情で行動する傾向があります。

なぜなら、隙のない論理で構築されるところに人の情が求める「救い」の要素を感じることは余りないと考えていまるからです。「風の電話」は、「見えないものを観る、聞こえないものを聴く、回線はつながっていないので何処にでもつながれる」等々、「あり得ないことであってもこうならないだろうか」とか「実際には無理だと思うがこうあつて欲しい」という論理的ではなく、何か漠然としているが反面、見果てぬ夢とか希望が持てると感じられるからです。しかし、今回はあえて「喪失による悲しみ」を論理的に考えて、再生の道を探してみたいと思います。

愛する人の死は、情緒的には亡くなって欲しくない大切に思う感情があるからで、死によって悲しみの感情が自然に湧き起こってきます。二人の間にはお互いに相手がいるから自分があるという「関係存在」の概念があります。だとすると、論理的には愛する人を失うということは「人は他人によって生かされている」という関係存在の概念から「自己存在」の意義が失われるからだと捉えることが出来ます。従って、悲しみを癒すためには「自己の存在」を認めてもらえる・理解してもらえる他の人との新しい「関係存在」の構築が必要になると考えます。

亡くなった愛する人を他の人に置き換えることは難しく、そう簡単ではないだろうがあえて、そこにエネルギーを注ぎ込むこと以外自らの再生の道はないと考えます。

私たちは、生まれてこのかた一人で生きているのではなく人と人、人と自然等の関係性の中で生きているのであり、それらとの関係性をどのように作っていくかが次のステップのあり方を決めることになると思います。そして、関係性の遮断が「うつ病」か「新たな人生を生きる」かの分岐点になるのではと考えています。 ものごとの状況を情緒で捉え納得し受け入れたなら、思考を論理的に切り替え、新たな人生のステップにつなげて欲しいと思います。

 

 

「風の電話」利用者の心理変化

9月初めから6日間連続して「風の電話」に通い続けた女性がいました。現在、ドイツから日本の大学に留学していて、母親をガンで亡くしたと語っていました。

その女性は、「風の電話」にくるたび毎回泣きました。多くの涙を流しました・・・。

「風の電話」は、多くの場合喪失や悲しみで心が苦しい状態の中、心の整理がつかない状態で訪れます。初めは言葉にしにくい感情を表に出すことが難しいと感じる人もいますが、訪れるたびに心が軽くなるのを実感し、自分のペースで癒しを受けることが出来ます。

受話器に向い言葉を話すことにより、内面の感情が整理・軽減され、「話せなかったことを伝えられた」という安堵感や開放感を得られます。

利用者は、「風の電話」が提供する亡くなった人との対話する場において、自分だけで抱え込んでいた「悲しみ」や「後悔」を安心して語ることで孤独感や心の痛みを和らげることができます。

「風の電話」体験を通じて「相手に伝えられなかった想いを伝える」ことで心の区切りや救済感を得られ、前向きな気持ちや生きる希望を取り戻す過程を促されます。

こうした心理変化は、グリーフケアの一形態として専門的にも注目されており、「風の電話」が心理的な負荷を軽減し、新たな精神的つながりを作るキッカケになることが多くの利用者から語られています。

このように「風の電話」は訪問者にとって、心の中の見えないつながりを可視化する場であり、心の癒しと再生のプロセスを促す重要な場となっています。                            

その後、ドイツ娘は修士課程の卒業式出席のため、元気で「風の電話を後にしました。

「風の電話」のある「場」のちから

「風の電話」と言うとメディア報道では、どうしても想いを伝える間もなく会えなくなった大切な人へ、電話線のつながっていない黒電話を握りしめ伝えられなかった想いを涙ながらに吐露するという感動の場面が取り上げられがちです。しかし、実際の「風の電話」の現場では、突然の災害、事故、自殺等で家族や友人を失い、電話ボックスまで辿り着きつきながらドアを開けて入れない人、開けて中に入れたけれど受話器を取れなかった人、伝えられなかった想いを長い時間話す人、受話器を持つたまま言葉を発せずただ涙を流す人等々、逢いたいのに会えない人に静かに向き合う人の姿が後を絶ちません。

「風の電話」は、本来自らの辛い過去や現在と向き合いながらも前を向いて生き、それらを乗り越えて未来に歩む姿にこそ目を向けられるべきものであり、悲しみの発露として又、メディア報道の「受け狙い」だけではその本質が見逃されると危惧するところです。

電話では、実際には話は出来ていませんが電話を終えた人たちは「電話の向こう側に伝わっているようだ」「相手を感じることが出来た」と語ります。本人にとっては本当に話せたように感じ気持ちが楽になり癒され、救われたと感じるならば、その人にとっては本当に話し合えたと同じ事になるのではないでしょうか。

私たち人間が、人間を超えるものを感じながら謙虚にそれを受け入れ、今は亡き死者に対して言葉で語りかけ、聞こえるはずのないものを感じ取る行為は、文学的でもあり信仰や祈りに通じるものがあると考えます。つまり、物事はその部分だけを切り取り良し悪しや役に立つ立たないを言うべきではなく、「電話線が繋がっていないのは意味がないとか、死んだ人と話ができるわけがない」と決めつけたりするのではなく、物事の背後にあることまでも想像力を働かせ想いを巡らす時、その意味のないことに価値が備わり物事の本質が見えてくると考えています。

また、「風の電話」があるベルガーディア鯨山は、子供たち向けの「森の図書館」や遊び場「キッキの森」があり、「感性を育み、想像力を育てる」という「場」なのだというコンセプトを考慮に入れるならば、社会一般に伝わる「風の電話」が持つ一面と、その根幹にあるグリーフを抱えた人たちが未来を切り拓いていく姿勢を後押しする「場」なのだと理解されることを望むものです。

 

 

© 2007-2026 ベルガーディア鯨山