直近の「風の電話」話題3

その1
 10月11日、閉園時間になり電話ボックスの後側にある池の金魚に餌をやりに行ったところ、一人の男性が電話をかけている最中だった。そして、少し離れたところに男女6人が待機していた。
私はいつものように「どちらから来ましたか」とその中の一人に声を掛けました。日本人だと思っていたのですがシンガポールからの一行であることがわかりました。スマホを使ってここの者だと話をしているうちに、ボックスの男性が出て来ました。すると私と話していた女性はその男性に近寄り何かを話しています。私の方に来た男性に「どなたかを亡くされたのですか」と話しかけた途端に、その男性は泣き出してしまいました。
私は予期してなかった状況に驚きましたが、先ほどの女性はその男性の肩を抱き寄せ立ち尽くしています。私も男性の背中をさすりながら「大丈夫もう大丈夫ですよ」と話しかけました。2分近く泣いていたでしょうか、やがて顔を上げ「妻をこの4月に肺の疾患で亡くし話しました。生前妻と日本旅行を約束していたことなどを話し、今回妻の兄弟姉妹を連れて日本に来たこと」などを話してくれました。私は「貴方の悲しみのせめて半分でもここの風の電話に置いて行ってください」と話すと,「ハグして良いか」と聞くので「いいよ」と答えると「ありがとう」と何度も言いながら風の電話を後にしました。

その2
 10月12日、予約のあった男女3人が訪れました。私はイチジクの実に袋掛けをしていた手を休め「こんにちは」と声を掛けると、1番の年かさと思われる男性が近づいてきて「ここの方ですか」と尋ねるので「そうだ」と答えると、「3人は小学校で6年生を担当する先生方で、あるクラスの生徒が原因不明で突然亡くなりました。余りにも突然のことであり、子供たちが状況を受け入れられないで動揺していると話します。その状況を打開するためご両親の許可を取り、学校の文化際で「風の電話」の創作劇をやることになりました。風の電話のことはこれまで報道されてきた資料をいろいろ見てきましたが、それだけでなく実際に自分たちの目で見て体験して確かめてみようと来たのです」と語ってくれました。
私は、「子どもたちにとっては『人の死』という事は余り身近なことではないが、同級生ましてや今まで一緒にお話したり、遊んできた仲間が突然いなくなる事実を目の当たりにして、『同級生の死とどう向き合えばいいのか』また『その現実をどう受け入れればよいのか』その動揺の大きさは学校生活に相当なストレスとなっているはずです。大人でも難しい問題を6年生の子供たちに突きつけられたのですから先生たちの衝撃も理解できます。でも先生たちは逃げることなくその現実を受け入れ、人の死というものを悼みながらも、これも一つの教育の機会と捉え子供たちに何が大切な事か分からせようとしているように感じられました。
絵本『かぜのでんわ』に描かれているように、伝えられなかった想いを「風の電話」を通じて、天国に逝った
生徒に呼びかけると同時に、死んで姿形が見えないからといって消えてしまった訳ではなく、死者としての同級生として存在していて、何時でも子供たち皆さんの想いを伝えることが出来るという事を教えてくださいと話し劇の無事終了を祈りました。

その3
 「風の電話を守る会」の支援者にピンバッチを届けて間もなく、60代の男性支援者の1人からメールが届きました。
そこには、「妻もピンバッチを胸に付けたいと言いますので、実費でいいので分けていただけないでしょうか」と言う内容でした。
私はどうすべきか考えましたが、次のようにメールを返信しました。「ご主人が支援金を検討された時、たぶん奥さんにもご相談されたと思います。そして、奥様も賛同された結果として支援金を送つていただいたものと理解しています。という事は・・・奥様にも「風の電話を守る会」のピンバッチを付ける資格があるという事になりますので後日贈りいたします。
只、「風の電話を守る会」ピンバッチは社会的に有名な或いは高価な表面的なステータスシンボル(腕時計、バック、ネックレス、イヤリング、ブローチなどの宝石類)とは異なり、風の電話を通じて「誰か他者のために役立つ」という精神的な価値観を象徴するステータスシンボルです。バッチを胸に世界中のメンバーの一人として誇り高く生きる輪を広げてください」とメールを返信しています。
今頃は「風の電話を守る会」のピンバッチを胸に、ご夫婦で街を颯爽と闊歩しているのではと想像して楽しくいなります。